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episode8〜術前処置〜

手術前日、子宮頸管を拡げる前処置のために産婦人科へ行く。

 

もう私に検尿も体重測定もなかった。

そんなことすらも戦力外通告された気分になる。

 

ネットを調べまくってしまっていたので、この前処置についても産婦人科看護師並みに知識がついてしまっている私。

 

こういう時ネットの普及は良くないといつも思う。なのに調べずにはいられない。

 

いつもと同じように内診台へ。

経膣エコーの不快感すらも、もう緊張からか何とも思わなかった。

 

エコーを確認しながら、いつもどおり淡々と質問がくる。

 

「出血はどーなんや?」

「続いてますけど、急に大量に出ることはないです。」

「こんだけ小さいからなぁ、自然と出てきそうなんやけどなぁ… まぁでもやっぱり動いてないからな、今から処置するで。」

 

「…はい。」歯を食いしばった。

泣きたくない。 

もぅここで、幸せな生の場で、惨めな涙をできるだけ流したくなかった。

 

膣を洗浄され、ラミナリアが挿入される。

この処置を痛みをほとんど感じないという人と、激痛だという人といるが、私は後者だった。

 

「入りにくいなー、ちょっとひっぱるでごめんなぁー!」

 

「…!!!」

 

声ならない呻き声が出て、一瞬足をバタつかせてしまう。

「あ、動いたらあかん!危ないわ」

 

「うーすいません。」あーあかん、泣けてくる。

 

「いやいや、痛かったやろ、ごめんなぁ。」

 

優しい言葉はさらにあかん。涙が溢れる。

 

そうしているうちに処置は終わった。

最強に痛かった時間は5秒くらいだと思う。 

 

パンツをはいて、横にあるティッシュで鼻をかみ、涙をしっかり拭く。

ちょっと上を向いて深呼吸する。

 

もう涙は出ない。そう自分に確認してから診察室を出る。

 

廊下の中待合ですれ違う妊婦さんが、どうか私の涙の跡に気づきませんように。

足早にまた産婦人科をあとにする。

 

いよいよ明日だ。不安と恐怖で頭がいっぱいだったが、何より自分のお腹に赤ちゃんをもう感じることができないんだということが悲しく、少しでもそのことを考えると涙が出てきてしまった。

 

その日はマンションのお友達のおうちのママの好意に甘えて、晩御飯の後、お風呂から寝る前までこどもたちはお友達のおうちでみてもらった。

 

処置から時間がたつごとに、生理痛の重い感じの腰痛がひどく、ソファーに横たわりボーッと時間が過ぎるのを待った。

episode7〜1週間後再診〜

1週間、私なりに毎日赤ちゃんのことを考えながら過ごした。

 

でも日に日につわりがほとんどなくなっている現実。

出血も増え続けていた。

 

3/9 この日の受診はパパが付き添ってくれた。 これはとても心強かった。

なんとなく、結果は覆らないように感じていた。

 

1週間、誰にも相談できず、する気にもなれず、夜になると毎日のようにネット検索を繰り返した。

稽留流産 心拍確認」

稽留流産 誤診」

稽留流産 手術」

 

調べれば調べるほど、悲しいほどにたくさんの妊婦さんが私と同じ時期に同じような状況で決断をしているという現実をつきつけられた。

 

なかにはセカンドオピニオンを求めて違う病院へ行っている方もいた。

 

確かに違う目で診てもらうことで、より信憑性が高くなったり、もしかして違う結果が出ることも稀にあるのかもしれない。

でもそうしようとは思わなかった。

 

諦めてしまっているようで、そんな自分を責めたくもなったが、先生の診察に不満はなかったし、なにより自分の体が以前と違うことを感じていたから。

これ以上の望みをかける勇気がなかった。

 

ただ内診台に上がるとき、強く思った。

「先生、私を初診の妊婦だと思って診てください。」

もう少しで口にでるかと思った。

私のことを稽留流産の妊婦、ではなく、妊娠反応陽性の妊婦として診てほしかった。

 

まぁでもそんなこと言ったことで何も変わらないことはよく分かっていた。

 

ただ目を閉じて祈った。

 

「やっぱりなぁ、袋もあれから大きくなってないわ。赤ちゃんの影は変わらずあるけど、やっぱり動いてないやろ?」

 

「…はい。」

 私はこれを聞くために今日来たのか。

 

内診を終えて、パパと一緒に診察室に入る。

 「妊娠6週、稽留流産。間違いないわ。

あとは手術するか、自然と出てくるのを待つかやけどどうする?」

 

眉間にしわをよせたまま先生は淡々と話す。 こんな話、したくないやろうなぁと思った。

 

「もう待つのは精神的にも辛いので、手術してもらいたいです。」

 

これは1週間でなんとなく覚悟を決めた私の結論だった。パパにも前もって話してあった。

 

先生は少し安心したように、チラっと私の顔を見て、「そうか。そしたら日にちやけどな…」と段取りを説明しはじめた。

 

手術は次の週の火曜日。3/14になった。

 

手術の説明を聞きながら、また涙が溢れてきた。

私が決めたことだ。 私が決めたことだけど、こんな悲しい決断があるんだろうか。

お腹に今もいてくれている赤ちゃんを自分から手放す。そんな自分の決断が辛かった。

 

助産師さんから具体的な準備や前日の処置についての説明もあった。

 

最後に何か質問はないかと聞かれ、「もう少し待ったとしても自然と出てこなかったらいずれやっぱり手術することになるんですよね?」と聞いた。

その助産師さんは「そうやね。それに早く綺麗にしたほうがいいと思うしね。」と言われた。

 

そんなつもりは絶対ないと思うが、その言い方がなんかゴミや異物を綺麗に出すみたいな言い方に聞こえて、聞くんじゃなかったと内心思った。

episode6〜長い一週間〜

その日からの一週間はすごく長く感じた。

 

こどもたちを保育園に送り出すためだけに体を起こし、迎えに行ってご飯を食べさせてお風呂に入れるところまでは平然を装ってできた。

 

でもそれ以外の時間は「無」だった。

 

誰とも話したくなかった。

何もしたくなかった。

 

なんなら化粧すらしなかった。

 

それには長女が1番ビックリしていた。「ママなんで綺麗にしないの?」

「ちょっとしんどいねん。」

「お仕事行かなくて大丈夫?」

「元気になったら行くからね、大丈夫だよ」

 

まだこどもたちには話せなかった。

こんな悲しい話をできる気がしなかった。

 

出血は続いていた。茶色かったり、真っ赤になることもあったが、大量に出ることはなく、ずっと一定量が出続けていた。

 

先生から「急に大量に出血しはじめたら、もう進行流産やから自然と出てくるからね。その時はとりあえず何時でも電話してきなさい。もうその時はみるだけになると思うけど」と言われていた。

 

トイレに行くたび出血をみるのが怖かった。

もしそうなった時、自分がどうなるか想像もつかなかった。

 

パパの存在が本当にありがたかった。

何も言わないけど、早く帰るようにしてくれてること。こどもたちのお風呂や洗濯など家事もテキパキ手伝ってくれて、何となくいつも私を気にしてくれているように感じた。

 

私は幸せだ。優しい旦那さんと可愛い2人の娘にも恵まれて。3人目が欲しいなんて、贅沢な悩みだと思われるだろう。 

 

それでも私のお腹にきてくれた命と、お別れしないといけないかもしれないという現実は、なかなか受け入れられなかった。

 

episode5〜再診後の1日〜

切迫流産といわれ、診察室から出た瞬間。

 

一気にそこはアウェーの世界だった。

ついさっきまで、私も周りの妊婦さんと同じような顔して座ってたはずなのに。

 

いたたまれなかった。

泣いた顔を隠すように俯きながら廊下を歩き、待合室では座っていられず壁に貼られたパンフレットを見る振りをして。

 

そそくさと支払いを済ませて車に乗り込む。

どうやって運転して帰ったのか覚えていない。

 

自宅の駐車場に着き、パパにメールを送る。営業回りをしているため日中は電話に出れないことが多い。

「電話できる?」

 

返信を待たず、かけていた。

パパはつながらず、すぐに母にかける。

 

母の声を聞いた瞬間、堰を切ったようように嗚咽した。

 

「赤ちゃん、あかんかもって…どうしよう…」

「どうしたの?病院?ひろちゃん、大丈夫?」

 

大丈夫じゃなかった。

 

私はどうしてこうなるかもしれないと、考えなかったんだろう。

何を浮かれていたんだろう。

なんで異常を感じられなかったの。

私のお腹にいてるのに。

私しかわかってあげられないのに。

 

母との電話を切り、とにかく家に入ろうと車から出る。

 

渡されたエコー写真には、先生がいう「赤ちゃんの影」がちゃんと写っていた。

6mmくらいやなって先生言ってたなぁ。

 

家に入ってボーッとエコー写真をみているとパパから電話。

 

母に喋った時よりは落ちついていたが、やはり口を開くと涙が溢れてくる。

 

パパは、ビックリした様子だったが、私を落ちつかせるように「まだわからんやん。ちょっとゆっくり休んどき。」

そんなことを話して電話を切ったと思う。

 

そうだ、仕事…。

職場に電話をする。

必死に落ちつけ、落ちつこうと言いきかせる。でもやっぱりダメで、また泣いてしまう。

仕事はしばらく休みをもらうことになる。申し訳ない…でも仕事どころではなかった。

 

買い物袋も投げ出したまま、ソファーに倒れこむ。

寒気がして、気分が悪い。

 

2時間ほどそのままボーッとしていた。

眠ることもできない。

 

母が心配して来てくれた。

でも私の頭を撫でて言ったことに絶句。

「ひろちゃん…それは想像妊娠とかいうことではないの?」

 

マジで⁈ 

今からそこ? そんなとこから話さなあかんの? 笑

 

ちょっととぼけた優しい母のおかげで、今日初めて少し笑った。

 

母は、私と妹を産んだ後に、自然流産している。

妊娠にも気づかないまま、気づいたら大量出血して、病院で妊娠だったことを告げられたと、私の3人目妊娠を話した時に話された。

その話を聞いた時、実は少し不安を感じていた。

でも私は大丈夫!長女の時も次女の時も働きながら元気に産まれてきてくれたもん!っと言い聞かせていた。

 

母も泣きながら「まだ分からないけど、もし今回ダメだったとしてもまだ若いんだから、またきっとできるから大丈夫。」と何回も言っていた。

 

何か食べなさい、と母は私の前に次々に買ってきてくれたものを並べる。

巻き寿司、苺、桜餅。

 

そうだ、買い物袋にお刺身入れたままだったと急に思い出す。

 

母がとっくに片付けてくれていた。

 

お腹が空いて気持ち悪かったのか、苺をひとつ食べるとスーッと甘酸っぱさが体にしみわたった気がした。

 

 

episode4〜再診〜

3/2 午前中だけ有休をもらって、待ちに待った産婦人科へ。

 

家を出るとまたもや雨。 

バタバタと2人を保育園に送り、そのまま買い物を済ませる。

明日がひな祭りなので、ちらし寿司の材料を買った。

明日も仕事やから今日の夜から仕込まないとなぁー…なんて考えながら産婦人科へ入る。

 

検尿、血圧、体重。

 

この日は雨だけど、ちょっと混んでいて

、それでも15分くらいで呼んでもらえる。

お腹の大きい妊婦さんたちとすれ違う度にいいなと思う。もうすぐ会えるんやなーいいなーとチラッと思う。

 

内診台へ。

 

「あれからどーも変わりない?」

 

「はい。…いや、2日前くらいから茶色いオリモノみたいなんが出てたんですけど、お腹もいたくないし赤くはなってこなかったので様子みてました。」

 

仕事中に茶色のオリモノが出て、一瞬ヒヤっとしたのだが、すぐにネットで調べると初期に茶色のオリモノはよく出ることや、腹痛を伴わず鮮血になっていなければ様子をみていいという内容が多く少し安心していた。

 

それに前回の受診時にこの先生からも多少の出血は様子みたらいーよと言われていて、その時は「出血なんて怖いわ、なんでそんなこと言うんやろ。」くらいにしか思っていなかった。

 

この日の内診は、とても長かった。

 

「おかしーなー、赤ちゃんの影はあるんやけどな、ホラ見てみ?動いてる感じがないやろー?」

 

「…。」

 

「袋はちょっと大きくなってるなぁー、

赤ちゃんもな見えるんやけど、どう見ても動いてるように見えないんやわ。」

 

「…はい。」

 

「前来てくれてから3週間あいてて心拍が確認できひんっていうのはちょっとおかしいんやわ。つわりはどうなんや?」

 

「あります!」 必死に言った。

でもそういえばここ2.3日少しマシなような…と思ったけど、言わなかった。

 

「そーやなー、つわりはあるままってこともあるんやわー。生理不順や言ってたけど3週間とか1ヶ月も遅れたりすることもあったんか?もう計算からいくとだいぶ週数たってるはずやのに、この大きさやと6週くらいのもんなんや。」

 

「…2週間くらいは遅れることもありましたけど…。」もうパニックだった。

 

内診が終わり、診察室でもう一度同じような内容の会話をする。

 

先生の表情がかなり曇っていることから、今の状況がかなりよくないということは分かった。

 

「…まぁそういうことやから、念のため1週間様子みてまた見せて。その時にやっぱり大きくなってない、心臓動いてないんやったら、それはもう、諦めなあかんてことなんやわ。」

 

「諦める…?」

この時にやっと先生の曇った表情が何を意味してるのか分かった。

 

分かってしまった瞬間、涙が止まらなかった。

「それは1週間後にみてもらった時に大きくなってる可能性もあるってことですよね?」 

もう、すがる思いだった。

 

先生は私の顔をしっかり見て、「正直言って厳しいと思うわ。この1週間は気持ちの整理をするための1週間やと思って。」 

 

崖から突き落とされた気分だった。

 

先生は淡々とした話し方だけど、ちゃんと私の顔を見てくれていて、その眼はとても優しく私を気遣う様子が分かった。

だから嫌悪感や疑う気持ちが生まれず、それが更に悲しかった。

 

「仕事は休んどきー、看護師さんか?産科の経験はないの?」

診断書を書きながら、毎回産婦人科できかれる質問をされる。

 

「ありません。」 いつもなら少しニコッとして答えられるのに、その時はもう俯くしかなかった。

 

切迫流産

 

診断書にそう書きこんでから、チラッと私を見て、「診断はこれで間違いないと思うわ。」そう言って先生も目を伏せた。

 

帰り際、もう涙が止まらなくて、でもそれでもなにかにすがりたくて「一週間後、万が一ってこともあるんですよね?」 

 

私は本当にしつこい。

 

「あんな、これはもう運命なんや。誰にもどうすることもできへん。あんたがもういいって言うんやったら明日でも手術できるんやで。でもそんなんじゃ、気持ちおさまらんやろ?だから一週間様子みてきなさい。」

先生はゆっくり諭すように話してくれた。

 

episode3〜再診までの日々〜

そこからの3週間はソワソワ、フワフワ。

 

つわりも本格的になってきていて、今までと同様に食べつわりなのか、朝と夕方は絶不調で、二日酔いのおじさんみたいな顔になってたと思います。

でもそんな辛いつわりさえも内心ウキウキしていました。

だって赤ちゃんが育ってる証拠!

私が気持ち悪いくらい何とかなる!

 

まぁそんなにひどい悪阻になったことがないからそう思えるんだろうけど、本当に毎日赤ちゃんのことを感じながら幸せな気持ちで生活していました。

 

あとつわりで調子悪いところをこどもたちに見せていたので(これは後々かなり後悔することになりますが)赤ちゃん大好きな2人のお姉ちゃんにもエコーの写真を見せて、ママのお腹に赤ちゃんがきてくれるんよーってお話ししました。

2人ともビックリして、とっても喜んでいる様子でした。

 

職場には迷いましたが調子もそこまで悪くなかったし、心音確認してからのほうがいいような気がして言わずにいました。

 

大好きな友達と行くはずだった旅行も赤ちゃんの為と思うと、潔くキャンセルできました。(行きたかったけど。)

 

通勤は2人を乗せてママチャリです。

次女の出産まで自転車は乗ってなかったので、今回これはかなり気をつかいました。坂道は降りて押すようにしたし、雨の日は車を使うようにしました。

 

妊娠した途端、毎日食後に飲んでいたコーヒーが欲しくなくなるし、お酒も飲みたいと思わない。

普段浪費するほうなのに、何故かいつも妊娠中は物欲もなくなり、赤ちゃんの力は本当に偉大だなーっと実感します。

 

お腹に宿った時から、自分を母にしてくれる、自分が守らないとと本能で思わせてくれる。

何度もエコー写真を見ては「しっかり守ろう!」と思いました。

 

episode2 〜産婦人科初診〜

長女は以前働いていた総合病院の産科で出産。

次女の時は長女がまだ2歳になったばかりで不安だったので、実家近くの産婦人科で里帰り出産。

 

今回は引っ越してから初めての妊娠だったので、受診をどこにしようかと一瞬悩みましたが、とりあえずはパパのお姉さんおすすめの産婦人科へ。

 

自宅からは車で5分。自転車でも15分くらい。

 

パパに言われた通り、はやる気持ちを抑え、検査薬をした1週間後に受診しました。

 

久しぶりの産婦人科

検尿、血圧、体重の流れ作業に懐かしさを感じながら「あーまた体重管理しないとなぁー。」と思ってみたり、「どんな先生かなー。」とちょっと緊張しながら順番を待ちました。

 

その日は雨で、妊婦さんらしき人の数も少なく15分ほどで呼ばれて内診室へ。

 

 

内診台。これは何回乗っても慣れないものです。 本当に嫌い。

でも毎回、赤ちゃんに会うためや!こればっかりは仕方ない!っと自分を奮い立たせて乗り込みます。

 

 

先生は60代くらいの男の先生で、淡々と話す感じでした。

 

「モニター見えるかー?」

 

「はい。」

 

「これこれ、赤ちゃんが入る袋なー」

 

「はい!」

 

「赤ちゃんは…まだ見えへんなー、最終月経いつや… まぁ生理も不順てことやし計算よりはサイズも小さいなぁー。

でもまぁ袋が出来てるってことはおめでたに間違いないからねー。」

 

「はい!」

 

最後の一言で安心しました。

おめでたに間違いない。やっぱり赤ちゃん出来たんや! 嬉しい!

 

 

 

今思えば、先生はこの時から五分五分な感じを匂わせてたのかもしれません。

 

私の最終月経からの計算でまだ胎嚢しかできていない。

胎嚢のサイズも小さい。

 

私には、それはまだ妊娠超初期だというだけの理解でした。

次の受診で心音が聴ける。何の疑いもなくそう思っていました。。

 

その時の私は、稽留流産という字すらも知らず、それが妊婦の6人に1人の割合で起こるなんてことはさらに全く知る余地がありませんでした。